のんびりデンマーク暮らし

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

プラハの食べ物

2009.06.22 (Mon)

プラハ旅行の前に、珍しくメタボが熱心に下調べをしていました。
なにを調べているのかと覗いてみると、
チェコビールとビアホールについて、どこで何を飲むか
研究しているところでした
チェコは国民一人当たりのビール消費量が世界一。
メタボにとっては天国のようなところなのです。

私はビールといえば”ドイツ”だと思っていたけど、
実はピルスナービールの本家本元はチェコ。
ビアホールの店先にはピルスナービールの看板がぶら下がっています。
IMG_4659_1.jpg


プラハに到着してすぐにお昼を食べに行ったビアホール(ウ・メドヴィードクー)
IMG_4259_1.jpg


                     ビール
IMG_4256_1_1.jpg


夕食前に行ったウ・ズラテーホ・ティグラ。
クリントン大統領が訪れたことでも有名な店です。
ここはビールを飲むだけの場所でしたが、いつ行ってもいっぱいでした。
どうしてもここの最高品質のビールが飲みたかったメタボは
立ち飲みしてました。
IMG_4309_1.jpg


私もちょっと味見させてもらったら、コクがあってきめ細かい感じで
飲みやすかったです。
                           満面の笑顔のメタボ
無題3_1


そして、夕食時にもまたビール・・・毎日メタボはビール三昧でした。

そして食事といえばこれ!!
豚肉と酢漬けキャベツとクネドリーキが盛られたプレート
IMG_4618_1.jpg


クネドリーキとは日本の蒸しパンに近いもので、
豚肉と一緒に食べると肉まんのようなお味になります。
美味しーい
私はプラハ滞在中毎日1度はこのプレートを食べていました。

このプレートが120チェコ・コルナ(600円)!!!
チェコは食べ物が安くて美味しいところでした。

ところで話がそれますが、チェコの通貨単位「チェコ・コルナ」を
チョココルネと読んでしまうのは私だけではないはず。
似てると思いませんか?

チェコの美味しいものはもちろんお土産に買ってきました。
IMG_4717_1_1.jpg


クネドリーキはスーパーで粉の状態で売られています。
グーラシュ(ビーフシチューのようなもの)はすぐに食べてしまいましたが
肝心のクネドリーキはまだ作ってません。
ちゃんと作れるのかとっても心配です。




音楽の都 プラハ

2009.06.21 (Sun)

プラハは音楽の都。
チェコ航空でプラハに着陸したとたん、機内に「モルダウ」の曲が
流れ出したし、街中ではそこら中でコンサートのチケット売りを目にしました。
一番よく見かけたのは教会のコンサート。
プラハ中の教会が毎晩コンサート会場になっているんではないかと
思うのも大げさではないはず。

教会の入口には当日のコンサートのプログラムが掲示されています。
曲目は誰もが馴染みの曲が多く、ヴィバルディの四季、パッヘルベルのカノン
モーツァルトのアイネクライネナハトムジーク、スメタナのモルダウあたりが
人気の曲目のようです。
IMG_4388_1_1.jpg


プラハで音楽を聴くのなら絶対「モルダウ」ははずせないと思っていました。
高校の時はじめてモルダウをきき、「なんて詩情豊かな綺麗な曲だろう」と
思っていらい大好きな曲の一つです。
大人になり、モルダウが「わが祖国」の第二楽章であること、
当時他国の支配を受けていたチェコ国民を勇気づけるため
スメタナが作曲した国民的音楽であることを知り、
モルダウをプラハで聴くことが憧れのようになっていました。

そこで私が選んだのがこのコンサート
IMG_5498_1.jpg


スメタナのモルダウとドボルザークのスラブ舞曲、新世界よりの
3本立てという豪華版です。
恥ずかしながら、私はドボルザークがチェコ出身でスメタナ同様
国民樂派のひとりだとこのとき初めて知りました。

コンサート会場は市民会館の中にあるスメタナホールです。
正面のパイプオルガンの中央に金色に光るスメタナのレリーフがあります。
IMG_4688_1.jpg


料金は一番いい席で1300チェコ・コルナ(日本円で約6500円)と激安でした。
スメタナホールでモルダウを聴くことができてよかった!感無量です。
また、こんな幸運を簡単に与えてくれたチェコの音楽事情に感服するばかりです。


さて、チェコといえばマリオネットが盛んな国です。
なぜかというと、ここでも他国に支配されていたチェコの事情が関係します。
ドイツ語を強要されていた時代、チェコ語を使えるのは人形劇の中
だけだったからです。
マリオネット劇による支配国への皮肉や批判が、その後民族復興運動の
さきがけとなりました。

土産物屋の店先に吊るされた沢山のマリオネット
IMG_4674_1_1.jpgIMG_4675_1.jpg

市内にはマリオネット専用劇場がいくつかあります。
人形劇といえど子供向けではありません。
主に観光客向けにオペラ「ドン・ジョバンニ」が上演されています。
ドン・ジョバンニはプラハ市がモーツァルトに依頼して作られたもの
なので縁が深いのです。
                      私が観劇した国立マリオネット劇場
IMG_4284_1_1.jpg


劇場内部はこじんまりとしていて、舞台との距離が近いのが嬉しい。
IMG_4499_1.jpg


マリオネット劇を見るのは初めてで、他でのやり方は知りませんが
ここは操つる人間の手がしばしば登場しました。
時には保護者のように、かいがいしく人形のお世話をし、
時には人形をつきはなし放り投げるなど
人間の手も立派に演技してました。

主役のドン・ジョバンニ、身長1メートル位で結構大きい
IMG_4501_1.jpg


実は私、ドン・ジョバンニを見るのは初めて。
知っている歌はあるけど、途中で寝たらどうしよう・・・と心配でした。

でも、幕間に登場する進行役のモーツァルトがとにかく陽気で、
楽譜を落として紙を撒き散らしたり、観客に水をかけて目を覚まさせたりと
笑わせてくれて、最後までダレルことなく楽しめました。

コンサートはたいてい夜8時から始まり、終わるのは10時近くです。
プラハの主要な建物はライトアップされ、昼とは違う顔を見せてくれました。

                  夜遅くまで賑わうティーン教会前
IMG_4691_1.jpg


                   中世の雰囲気が色濃い橋塔
IMG_4708_1.jpg


                      金色に輝く王宮
IMG_4699_1.jpg


コンサートの余韻に浸りながらライトアップされた街を散策したのも
いい思い出になりました。

プラハ城

2009.06.20 (Sat)

最終日はプラハ城に行きました。
この城は9世紀半ばから建設が始まり、14世紀のカレル4世の時代に
ほぼ現在の姿に整えられたそうです。
                        カレル橋からみたプラハ城。
IMG_4516_1.jpg


高台にある城への道はずっと上り坂
ちょっと苦しいです。
IMG_4525_1.jpg


まずは入ってすぐにある、聖ヴィート教会を見学しました。
この教会はカレル4世の時代に改築工事が始められ、
完成したのは20世紀に入ってからなんだそうです。
2本の尖塔が目を引きます。
IMG_4529_1.jpg


ここはステンドグラスが素晴らしいです。
ステンドグラス自体は19世紀末以降に作られた新しいものですが、
デザインが多種多様で見飽きません。
                   一味違うミュシャデザインのステンドグラス
IMG_4532_1.jpg


小さな礼拝堂にはぎっしりと絵が描かれていました。
IMG_4545_1.jpg


王宮が実際に使われていたのは16世紀までだそうです。
優雅な曲線の梁が印象的な王宮のヴラディスラフホール
IMG_4551_1.jpg


王宮の一角に黄金小路とよばれる小さな通りがあります。
ここは城内につかえる召使達が住んでいたそうですが、後に
錬金術師達が住み着くようになったので、この名前になったそうです。
青い家は作家のカフカが一時期住んでいた家です。
IMG_4570_1.jpg


色とりどりの家は天井が低く、可愛らしい。中はお土産屋になっています。
                        大きく見えるメタボ
無題1_1


城内最古の聖イジー教会。
IMG_4585_1.jpg


衛兵交代式があるというので、12時の一番大々的な式をみようと
正門前で待ち伏せしました。
ものすごい人だかりの中、衛兵がやってきました。
が!!”式”というには程遠く、ただ交代しただけ・・・
所要時間は約1分!!
あまりに簡単すぎてあっけにとられました。
IMG_4603_1.jpg


プラハ城、聖ヴィート大聖堂、カレル橋・・・すべてカレル4世が建設にからんだもので
カレル4世の時代がボヘミア王国の最盛期だったというのがわかります。

デンマークにもカレル4世と同じく今に残る城や建物を沢山作り
「建築王」とよばれたクリスチャン4世がいます。
偶然だけど同じ「4世」なのがちょっと面白いと思いました。

プラハ・・・その3、カレル橋&展望台

2009.06.19 (Fri)

ヴルタヴァ(モルダウ)川にかかるカレル橋は
600年近くも前に建造されたゴシック様式の橋です。
                         川の旧市街側にある橋塔
IMG_4508_1.jpg


橋の上には自作のアクセサリーや絵を売る人が沢山いて
ひやかしながら歩くのも楽しい。
IMG_4631_1.jpg


橋の欄干には全部で30の聖人像が並び、右に左に見るのが忙しいです。
これは日本でも有名なフランシスコ・ザビエル像
下でかついでいる人の中に日本人と思しき姿が見えます。
IMG_4513_1.jpg


最初に建てられたヤン・ネポムツキー像の台座のレリーフは
触ると幸運が訪れるそうで、多くの人に触られた部分が金色に光ってました。
無題_3


チェコ名物のマリオネット使いもいました。
私が置いてある缶にコインを入れたら、「ありがとう」と日本語で言って
音楽を”さくらさくら”に変えて人形を躍らせてくれました。
なんで日本人だとわかったんだろう?
IMG_4424_1.jpg


いつも陽気な音楽を演奏してくれていたグループ。
IMG_4391_1_1.jpg


背中にねずみを乗せて歩いていたワンコ。
犬も立派なパフォーマーです。
IMG_4333_1.jpg


橋を渡りきるともうひとつ橋塔がありました。
この先に王宮があります。
IMG_4520_1.jpg


この日は王宮に行かず、王宮と同じ川の西岸にある展望台に向かいました。
平らな旧市街と違って、西岸は全体に高台になっています。
まずはケーブルカーで山頂に登りました。
IMG_4346_1.jpg


山頂にある展望台、上まで階段で登ります。
結構な高さだけど、ずっと外の景色が見られるので
そんなに疲れを感じませんでした。
IMG_4348_1.jpg


上から見た王宮と聖ヴィート大聖堂。
大聖堂を取り囲むように王宮が建っています。
IMG_4357_1.jpg


ブルタヴァ川には沢山の橋が架かっていました。
ちょっと天気が悪かったけど、オレンジの街並みの中に光る川が
とても綺麗でした。
                         一番右端がカレル橋
IMG_4360_2.jpg


展望台からは王宮、川、旧市街が一望できて本当にいい眺めです。
ただし・・・この展望台、すごーく揺れるんです。
たいして風も吹いていないのに船にのってるような感じなんです。
展望台の建造はなんと1891年!スリル満点でした。

プラハ・・・その2(旧市街)

2009.06.18 (Thu)

プラハの旧市街観光の続きです。

市民会館は名前からは想像できない豪華な建物です。
ガイドツアーで内部を観光できるので、参加してみました。
IMG_4231_2.jpg


内部装飾はそうじてアールヌーボーでレトロな雰囲気。
ここの最大の見所はスメタナホール(後で詳しく書きます)と市長の間です。
市長の間はチェコ出身のミュシャによる装飾で見ごたえありました。

ミュシャデザインのステンドグラス
IMG_4466_1.jpg


壁も天井もミュシャの絵で飾られています。
ミュシャは自国を離れて生活していましたが、祖国への愛国心がとりわけ強く
膨大な量の装飾依頼をすべて無償でひきうけたそうです。
IMG_4467_1_1.jpg


これはソファの背もたれ部分だったかな?こんなところにまでミュシャの絵が!
IMG_4471_1.jpg


市民会館の内部はガイドツアーのみでしか入れませんが、
中のチケット売り場や1階のカフェだけでも、アールヌーボーの世界に
浸れます。お勧めです!

王の道沿いの家では紋章がついている家をよく見かけました。
昔は番地がなかったので、これで各家を区別していたそうです。
IMG_4224_2_1.jpgIMG_4265_1.jpg
IMG_4623_1.jpgIMG_4302_1.jpg

街中ではトラムをよくみかけました。
ちょっとレトロな車体が街並みに合っていてGOODです。
建物の中から電車がでてくるような錯覚を起こす道路がいくつかありましたが、
作られたのは建物が先なんでしょうか?それとも道路の上に家を建てた?
ちょっと不思議な光景です。
IMG_4326_1.jpgIMG_4281_1_1.jpg

プラハを語る上で他国に支配されてきた歴史をはずすことはできません。
プラハのもともとの基盤を築いたのはボヘミア王国ですが、
17世紀初頭におきたビーラー・ホラの戦いで敗北し、ハプスブルク家の
傘下に入って以降、他国の支配を受け続けました。
**ビーラー・ホラの戦い(1620年)
プロテスタント派ボヘミア貴族がカトリック神聖ローマ皇帝軍と武力衝突した。


旧市庁舎前に描かれた白い十字架はビーラー・ホラの戦いに
敗れた27人のボヘミア貴族の首が置かれた場所です。
IMG_4441_2.jpg


ドイツ支配時代、チェコ語を自由に話せなかったチェコ人達が
「チェコ語によるチェコ人のための舞台を」のスローガンのもとに作った国民劇場。
IMG_4382_1_1.jpg


綺麗な街並みの影にある複雑な歴史が、この街を一層魅力的なものに
していると思います。
こうした民族意識を元に芽吹いた芸術については後ほど。

«  | HOME |  »

カレンダー

08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

FC2カウンター

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。